趣味の話 その3

久しぶりに趣味の話をします。
その3は唯一永く続いているスキーの話にします。

初めてスキーをしたのは大学時代
広島の恐羅漢(オソラカン)スキー場という
怖い名前のスキー場でした。
そのときはそのときで楽しかったのですが
それから行く機会がなく
2回目が26歳くらいのときでした。
当時、原田知世の「私をスキーに連れてって」という
映画が大ヒットして世はスキーブームでした。
当時勤めていた鴻池組の同僚と車何台も連ねて
兵庫県のハチ北やスカイバレー
岐阜の御岳や長野の八方、志賀高原、赤倉など
1シーズンに何回も出かけていました。
あのころスキー場では松任谷由美の「サーフアンドスノー」がよくかかっていました。
ですから私の中でスキーを思い出すと今でも「サーフアンドスノー」が頭の中でかかります。
もちろん腕前もめきめき上達し
どんな急斜面でもそこそこ綺麗に滑れるようになっていました。

そして今、若い人は誰もスキーをしません。
会社の若い衆の前でスキーの上手なところを見せようと思っても、
今はみんなスノボーになっています。
私自身の足腰の衰えもあって十数年続いた数少ない趣味のスキーも終わろうとしています。

来年の1月に社員旅行で北海道の行きますが
スノボーに挑戦します。
足腰を鍛えるために今から毎日スクワットでもやるとしましょうか・・・。

いつも明るく

昨日、茨木店に行くと
2ヶ月連続成績不振のA君がいました。
私の姿を見るや否や彼は逃げるように出て行きました。

これではいけません
営業マンは何時如何なる時でも
自信を持って肩で風を切るような気持ちで
いなければよい結果は生まれません。

自信の喪失は知らず知らずのうちに
お客さんにも伝わります。
自信を無くした営業マンが復活に時間がかかるのは
このためです。
お客様に接したとき好調のときでも不調のときでも
「このお客さんは自分が担当になって幸せや!
何故なら自分ほどすばらしい人間に担当してもらえるんやから」と
必ず心の中で念じるようにしてほしいものです。
きっといい結果が生まれます。

不調のときは誰にでもあります。
成績も上がらないのに元気にフラフラしている奴は最低です。
しかし成績の上がらないときこそ
元気に明るく前向きに努力しましょう。
私はそうしていました。

また好調なときも力を緩めたり有頂天になったりせず
最悪を想定して最善の努力をしてほしいものです。

PS、冒頭の逃げるように出て行こうとしたA君を呼びとめ
   「なんか決まったんかい!!」と追い討ちをかけたことは言うまでもありません。

高橋尚子のマラソンを見ての疑問

今日、東京国際女子マラソンを観ました。
2年前の失速から長いトンネルを抜けての
復活劇はすばらしく感動しました。

ただ、ここで疑問があります。
なぜ高橋尚子は人気があるのでしょう。
なぜ高橋尚子を特別応援してしまうのでしょう。
前回のオリンピックでも野口さんだったか
誰だったかも金メダルを取りましたが
あまり騒がれませんでしたしその後も
マスコミの露出は少ないように思います。
高橋尚子は日本で初めてマラソンで
金メダルを取ったからでしょうか?
それだけではないように思います。

このような事はよくあります。
以前、ジャイアンツの江川卓が全盛の時代
実は西本聖の方が成績は安定して良かった。
にも拘らず江川卓の方がマスコミの露出が高かった。

メジャーリーグの野茂英雄がまだ近鉄時代も
三振を良く取る投手でしたが
不安定で記録的には吉井などいい投手が沢山いました。
でも野茂英雄はなぜか人気があった。

よくわかりませんがこれは生き方への共感かもしれません。

野茂は入団時にドラフト会議で8球団競合の上
近鉄に指名されました。
当時も一流のアマ選手は逆指名だの何だのでもめることが多かった。
しかし野茂は「プロならどこでもいいです。」と
弱小不人気球団に文句も言わず入団しました。
物事に執着せずしかし強い意志をもった野茂の生き方を
支持する人が多いのではないでしょうか。

逆に江川卓は入団時にもめまくって日本中を敵に回しました。
このこと自体は褒められた事ではありませんが
自分の夢を貫く強い生き方が敵役として
注目される元になったのではと思います。

高橋尚子も強い意志はもちろんですが
小出監督との二人三脚の師弟関係、ストーリー性が
注目された原因ではと思います。

よくわかりませんが
多くの人がみて「いいなあ」と思える人物
私も含めてナサのスタッフが一人でも多く
そういう人間になることを願っています

近鉄電車は負け犬電車

これから暮れにかけて
お酒を飲む機会が増えてきます。
普段は車で通勤しているのですが
電車で出勤することが増えてきます。

近鉄沿線に住んでいるのですが
はっきり言って近鉄電車は嫌いです。
最寄り駅が普通電車しか止まらない駅なもんで
しょっちゅう駅で止まって通過待ちをします。
難波駅に着くまでに5~6本の電車に抜かされます。
近鉄以外も通過待ちはあるでしょうがこんなに多くはないと思います。
「準急」だの「快速急行」だのがどんどん抜かしていきます。
抜かされっぱなしで負け犬の気分です。
はっきり言って抜かれるのは嫌いです。
何でもいいから抜かしたいし勝ちたいです。

近鉄電車に乗っていると
頭の中にいつも同じ曲が響いています。
水戸黄門の主題歌の最後のフレーズ
「あ~とか~ら来たのにおいこされ~、
なくのが嫌ならさあ歩け~。」

体重増とものづくりの楽しさ

歳とともにだんだん体重が増えてきました。
以前、自分で営業していた頃は
正月休みでゴロゴロしていて
2~3キロ太っても仕事が始まると
1週間か10日ですぐに戻っていました。

今、営業を自分ではせず
管理的な業務をしているわけですが
この仕事も結構神経は使うものです。
することはいくらでもあるし忙しいのですが
期限が決まっている仕事が少ない為
自己管理ができていないとだらだらと
時間だけが過ぎていきます。

今でも時々「営業したいなあ」と思うことがあります。
営業をして自分で現場管理をしていると
楽しいことがいっぱいあります。

お客さんと共感しあえて工事を任せていただける幸せ。
現場管理をしていて1つのものが出来上がっていく楽しみ。
職人さんたちと力を合わせてひとつのものを
造り上げていく連帯感。
そして、お客さんに喜んで頂いている笑顔や歓喜。
お客さんの家ですが一つ一つが作品になっていきます。

でもまあ営業し始めると時間にむちゃくちゃ追いまくられるので
もう、営業することはほとんどないとは思いますが、
ものづくりの楽しさだけは忘れずにおきたいと思います。

おめでた続き

今年のナサホームはおめでたいことがたくさんあります。
池本(旧姓 塩崎)の結婚
安部店長の次男誕生
江崎の長男誕生
岡田店長の長女誕生
年末には北中の結婚
それに渡辺の奥さんもおなか大きいみたいです。

自分ひとりが食えるかどうかと思ってつくった会社も
今では社員やその家族
それとナサをメインに仕事している職人さんと
その家族も含めると100人は軽く超えると思います。

責任をひしひしと感じる今日この頃です。

来年は初谷と花隈あたりも結婚するのではないかと予感がします。

いや、決して初谷と花隈が結婚するわけでありません。
それぞれ別々にですが・・。
意表をついて廣森あさあたりが「出来ちゃった結婚」したりしたら驚きですが。

まあ、ファミリーが増えるということは
責任も大きくなりますがうれしい限りです。

趣味の話 その2

趣味の話その2はゴルフにします。

ゴルフ暦はもう17年くらいになるのですが
全く上達していません。

27歳くらいのとき
会社の人がよくゴルフに行っていたのですが
初心者はなかなか連れて行ってもらえませんでした。
そこそこ打ちっ放しで練習して
上司に確認してもらってからしか
他のお客さんに迷惑がかかると言う理由で
メンバーに入れてもらえなかったのです。
それで仕事が終わって毎日練習場へ通う日々が続きました。
結構面白くはまりました。
地面をたたいて手の皮が剥けること数度
ダンプカー数台分のボールを打ちました。
そしてやっとコースに行けるようになりました。

初ゴルフは西宮の千刈ゴルフクラブでした。
忘れもしません1番ホール
上司・先輩3人がいきなりそろってOBを出す中
練習の成果あって私だけナイスショット!
そのミドルホールはパーで上がりました。
華々しいデビューでしたが結局その日は
122で上がりましたが初めてにしては上々でした。

その後17年くらい経ちますが
今もスコアは同じくらいです。
過去最高は101ですが
最近では年に1~2回しかコースに出ないこともあって
進歩しません。

ゴルフはとっても好きなのですが
性格的に向かないようです。
 
例えば17番ホールまで終わって
最終18番のパー4を6で上がれば
初めて100を切るというとき
意識しすぎてOBを連発
12くらいたたいてしまいます。

また事前に練習を毎日していて
絶好調のとき
朝一の1番ホール
気合が入りすぎて
ドキドキして
力が入りすぎてOBしてしまいます。

ドライバーで280ヤードくらい飛んで
フェアウェイど真ん中
そんなときに限って
ピッチングでグリーン周りを行ったりきたり。

何でこんなことになるのでしょう。
練習はいやというほどしました。
練習場では結構上手です。プロ並です。

自分で言うのもなんですが
努力家でまじめ過ぎる私には
ゴルフは向かない性格なんだと思って
ほぼあきらめています。

結論:ビビリはゴルフ上手くならない。