ナサホームの20年(10)

 11.    デザインファクトリー

 あるとき船井総研の坂本氏から横浜のリフォーム会社へ店舗視察のお誘いがありました。行ってみると他に7社ほどの経営者が来ています。詳しくは書きませんがこの集まりはデザインファクトリーの立ち上げ説明会の意味があったのです。デザインファクトリーとは(仮称)リモアの(仮称)西崎さんが主宰しデザインキッチンのメーカーとして会員企業に販売するボランタリーチェーンのようなものです。
これ以降、年に数回デザインファクトリー情報交換会ということで全国のリフォーム会社の経営者が集まる機会が出来たわけですが、この集まりはすばらしい。デザインファクトリーの初期メンバー9社の中でうちが一番小さな規模でしたから先行する経営者の成功談、失敗談が非常に参考になりました。また失敗談でも全てそれにどう対処してどうなったかといった答えも皆さん持っておられます。本当に同じ業種で会社を経営していると、それぞれの成長の過程で全く同じ問題がほぼ順番どおりに起こってきます。地域差もありますが見事なほどほぼ同じです。この集まりで相談し学べたことは何にも替えがたい財産になりました。
ただデザインファクトリーの加盟金30万円が当時の弊社にはかなり負担でした。
僅か30万でしたが・・・。

12. 東原社長と伴さんとの出会い

 資金ショートこそしないものの相変わらず粗利のダウンは続きました。いつまでもこのままでは会社が持たないと思案していたとき、船井総研の坂本氏より面白いソフトがあるので金沢のハウジングスタッフへ行かないかとの誘いがありました。「面白いソフトがあっても買う金ない…」と思いつつちょっと気分を変えようか位の気持ちで金沢へ行きました。ハウジングスタッフの東原社長は初めに船井総研のセミナーへ言ったときの講演をしていた人なので話してみたい気持ちもありました。
先ずハウジングスタッフの本社で横浜から同じように来られているリモアの西崎社長(当時)と一緒にソフト開発の伴さんからこのソフトの説明を受けました。確かに良さそうなソフトでしたがこの時点ではまだいくら良さそうでも先立つものの心配が一番でした。そう、常に頭の中には「月末の支払いどうしょう」があったのです。
そしてその日の夜、東原社長、西崎社長、坂本氏と4人でお寿司を食べに行きました。このときこの席での東原社長のお話がナサホームの運命を変えました。東原社長の建設業運営の基本的な考え方、職人や問屋との関係を中心にここで文章では書き表せないくらい中身の濃いお話でした。昼間にソフトの説明だけでは判らなかったのですが、東原社長の経営哲学があのソフトに凝縮されていたのです。
あの日、一夜にして自分が変われたのが判りました。私ももう当時40才を超えていましたがそんな歳になってもあんなに衝撃的なことがあるのです。
余談ですがあの日に食べたお寿司は今まで食べたことの無い位おいしいお寿司でした。2003年の夏のことです。

13. なさ犬くん導入

 ハウジングスタッフのソフトを導入し「なさ犬くん」と名付けました。その後も幾度となくバージョンアップしていき当時ナサホームの業務の中心に在ったソフトです。あの夜、東原さんから受継がれた経営哲学を自分なりにアレンジしてナサホームに落とし込んだものが「なさ犬くん」です。もちろんいくらいいソフトを導入してもその運用がうまくいかなければ意味を成しません。この「なさ犬くん」も導入当初はすぐにうまく稼動したわけではありません。発注書を事前に切るように取り決めしてもこの発注書制度を完全に無視している社員が多かったように思います。ただ、柳、林あたりは比較的すぐこの制度をうまく利用し始めたと思います。特に柳は見かけによらず制度の変更や新しい制度に柔軟に対応していました。結果として「なさ犬くん」をうまく利用した人の営業成績や給料が飛躍的に上がり、このシステムや決め事を無視した人は以前より成績も下がり収入が減る結果になりました。