ナサホームの20年(11)

14.  ここから順調に

 このころから経営状態は順調に推移していきました。「なさ犬くん」の効果が徐々に出て完工粗利が落ちてしまう幅がだいぶ小さくなってきてお金も少しずつ残るようになりました。また、その頃入社してきた安部君の効果も大きかったと思います。それまでは私自身もそうですし、他の社員も建設業の経験はあってもリフォームの経験者はいませんでした。彼の入社の影響でリフォーム会社独特の工事のやり方を取り入れ、それに慣れた職人の採用が出来たことで粗利の下落を小さく抑えることが出来たのは確かです。
そして、茨木店の出店を決めました。当時、私の出店の基準のひとつには、「以前勤めていた日住サービスの業績のいい店舗の近く」というのがあります。不動産の売買仲介の好調な地域は富裕層が多く仕事がやり易いだろうということです。茨木には狭い町に日住サービスが2店舗も出店しておりどちらの店も成績好調でした。私は茨木に土地勘はありませんでしたが迷わず決めました。
店舗探しのお話ですが後に出店した高槻店もそうですがすぐに店舗を見つけてしまいます。茨木も高槻も探し始めて一日で見つけてしまいました。この部分は元不動産屋の効用でしょうか。いずれもいい立地だと思います。
初めての来店型店舗としてオープンした茨木店は当時としては大成功でした。土日には大型工事のお客さんがふらっと来店されます。同じ時間に3組くらい来店されることも時々あります。また、見積提出や仕様決めもこちらから出向くのではなくご来店いただくことが多くなり営業マンの負担も減りました。

15. おいしくないラーメン屋の話

 私の頭の中にはもちろん経営の安定、資金繰り等々、経営者としての考え、心配がありますが、その根底に意は顧客満足、即ちお客様に喜んでもらってその対価を得るというのが基本中の基本としてありました。まだ社員も20人くらいでしたのでその考え方はスタッフに共有されているものと何の疑問も持ちませんでした。
ただ、あるとき当時都島店の店長だった(仮称)宇部とその部下の渡辺があらたまって私のところに相談があると言ってきました。内容は次のようなものでした。
変なお客さんがいる。工事が終わったと同時に入金は全額されているが、後から再三手直しを言ってくる。都度、手直しを入れ部屋はとてもきれいです。それにもかかわらずいろいろなところに因縁をつけて金を返せと強硬に言ってくる。自分ではどうにもならないと言うと社長を呼べと言っている。
そして私が行くことになりました。事前に電話でお客さんと話した内容ではクロスの仕上がりがご不満のようでしたのでクロス屋の親方と一緒に行きました。部屋に入った瞬間は明るくてすごく綺麗でした。しかし細かいところを見ると唖然としました。リビングドアの塗装をしているのですが私は心の中で「小学生の工作以下」と恥ずかしくなりました。お客はかなり感情的になっておられ、「このドア見てみろ、小学生の工作以下やで、ありえへん」とおっしゃいました。私の思ったのと全く同じ感想。恥ずかしい。そのほかもいろいろ稚拙な内容の不備があり、すぐ全てやり直すことを申し出しました。ただ、お客様は、「何度も手直ししてもう疲れました。お宅のところの職人さんにはもう入ってほしくない。よその業者でやり直すのでお金を返してほしい。」とのことです。
それまで私はスタッフに「クレームが出ても減額には応じるな。たとえ損が出てもご納得いただくまでやり直せ」と指示していましたが、工事に入ってほしくないとまで言われるとどうしようもありません。最終的に30万の返金でお詫びをして解決としました。ほんとうに辛い決断でしたが・・・。
翌日、宇部に報告をしました。その時彼の言った言葉に唖然としました。「もちろん社長が判断されたことですから、僕がどうこう言うことでもありませんが、もしラーメン屋に入って、おいしくないからと言ってお金を払わなければそれは無銭飲食で捕まりますよ。」
ナサホームの工事がおいしくないラーメン屋であっていいはずもなく、店長の立場の者があの仕上がりで現場は綺麗に完成していますと私に報告してくる。私の知らない間に、有ってはならない感覚がスタッフの中に芽生えていたのでした。そこから会社として工事品質重視にかじ舵を切っていくきっかけとなりました。