ナサホームの20年(15)

8,    みずらぼ始動

ハウスメーカーや家電量販店、ホームセンターがリフォーム事業に参入してくる話題が業界紙を賑わわすようになってきました。それらが本格参入してくる前にリフォーム専業店として一定のポジションを確立する必要を痛感しました。ただこの当時、まだ売上高も30億円の手前でやや頭打ち感がありました。これが30億円の壁かなとも感じネットでいろいろ調べてみました。しかし売上3億円の壁、10億円の壁という記述は沢山あり関連する書籍も出ているのですが30億円の壁については、書籍はおろかネット上の記述もありません。よくよく考えると30億まで行く会社が少ないので本を出しても売れないからだと思いました。いろいろ思い悩んで業界研究、企業研究をしてみました。すると比較的早く成長している会社はすべて水廻り工事の比率が高いことに気が付きました。このことは結構衝撃でした。これまで弊社では「いいリフォームをする会社」「高額工事を請け負う会社」こんなブランディングを一生懸命していました。販促活動でもそうですし、梅田の一等地に本社を移したのもすべてそのブランディングのためでした。しかしそのことが会社の成長にはマイナスであるということに気が付いたのです。そのようなレベルの高いリフォームをやろうとすると高い提案力と工事品質の管理の能力が必要です。それが可能な人材の育成には時間がかかり企業としての成長速度は遅くなってしまいます。デザイン性の高く品質の良い大型工事を扱いたいという想いがあるのですがやはり経営者として企業を成長もさせたい。今更これまでブランディングしてきたことを方向転換もできません。
それでさんざん悩んだ結果、リフォームの中でも需要が多い水廻り工事に絞った子会社をつくることにしました。つまりブランドを分けようと考えたのです。このことにより、新人も覚えるべき建築知識が水廻り工事のみに限定でき早期の人材育成が可能となります。その結果として高速での店舗展開が可能になると考えました。
社名は社員の公募により白井君の出した「みずらぼ」に決まりました。由来は水廻りの「みず」と研究所を意味する英単語「ラボラトリー」からもじったものです。次に社長を誰にするかですが、これは当時、総務部長をしていた取締役の林君が立候補してきました。理由はナサの営業人員を減らすことなく自分が一番適任と思うとのことでしたが、数字にも強いので任せてみることにしました。
そして2011年6月に会社を設立し7月に1号店を都島区高倉町にオープンしました。
ただ、このオープニングでいきなり大失敗をやってしましました。オープン初日、問屋さんやメーカーさんのお偉方が激励や応援に駆けつけていました。華々しくスタートするつもりだったのですがお客様が来ません。10時にオープンしてから待てど暮らせど全く来ません。午後2時ごろになって林社長に「チラシどれくらい入れたん?」と聞いてみると「はい、手撒きで4000枚しました」これにはショックでした。通常ナサホームの新店オープン時には2回に分けて20万枚以上新聞折込をします。それが4000枚。50分の1。林に伝えてなかった私が悪いのですが、任せた以上あまり口出ししてはいけないと思ったのとオープニングで大量にチラシを配布していることぐらいわかっているだろうという私の思い込みが原因でした。これ以降も任せきることと口を出すことの狭間のちょうどいいところを探すのがなかなか難しく感じます。もう一つ意外なことがありました。みずらぼを設立し事業を始めるにあたり商流をこれまでのナサホームとは変えてみることにしました。例えばナサホームでTOTOは問屋A、LIXILは問屋B、Panasonicは問屋Cと決まっていたとします。これをみずらぼではTOTOを問屋C、LIXILを問屋Aという具合に仕入れ先を変えたのです。これは結構いい結果を生みました。詳しくはここでは書けませんが、実績のあるナサホームより設立間もないみずらぼの方が掛率が低いことがよくありました。